いつも偽物
小さな頃からベーシックな物が好きだった。
本当に好きな物を少なく、清潔に所有したい欲があった。
いいなぁと思う商品があっても、本物の物は買ってもらえなくて、それに似せた偽物を与えられていた。
サンリオのキャラクターの物を一つも買ってもらえなくて、ずっと憧れていたある日、にこにこした母が「あんたの欲しいもの買ってきたよ」と言って、出してきた物はそのキャラクターに似せた、でも誰もが明らかに偽物とわかる適当なキャラクターだったから、引きつってしまった。
「せっかく買ってやったのに、あんたは素直じゃない」ってビンタされたけど、欲しくない物を与えられてどう喜べば良かったのか。
母親はたくさんの物を所有したいという人だったから、ただの物や安い物をたくさん与えてくれた。
質より量だった。
いつも同じ服を着るなんて貧乏に見えるって考えだったから、本当に気に入った物を買ってもらったことはない。
そんなに高い物をねだっている訳ではないのに、必要な物を買うにしてもバザーか処分コーナーからでないと選ばせてもらえなかった。
今でも覚えているいくつかの物がある。
新品の鏡を買ってもらったはずなのに、お店にあるその時からひびが入っていた鏡。
嫌いな物を身につける苦痛。
処分コーナーからとはいえ、選ばされると「自分が選んで買ってもらったもの」というカテゴリーにされてしまい、「せっかく買ってやったのに使いやしない!」「わがまま」という評価が私にくだされた。
しまう場所もないたくさんの物。
埃をかぶってぐちゃぐちゃで放置されていた物。
お友達を呼べなかった散らかった家。
リビングにエアコンがついているのに、そのエアコンは使うことが許されなくて、いつも汗でべたべただった。
兄の部屋だけは個室で、エアコンを常時使用する許可が与えられていた。
父は通路のような場所で寝かされ、私と妹は子ども部屋という位置づけの、母の物置き場で寝かされていた。
親のことは知られたら恥ずかしいこと、恥だと思っていたから、誰にも言えなかった。
ブログを書くことにしたら、いろんなことを思い出した。