amethyst-222’s diary

親から離れて心の安定を手に入れた経過の話

自殺の準備をした時のこと

小学4年生から、何度か本気で死のうと計画した。

その時は首を吊ろうと思って、家の梁に紐をかけてぶら下がった。
でも、紐の結び方が弱くて、死ぬに至らなかった。
椅子を蹴って、紐に体重がかかると紐がほどけてしまう。
どう結べば体重を支えきれるのか、何度試してもうまくいかずに死ねなかった。

高校生の時からはセルフネグレクトがひどかった。
好きじゃない人と付き合って、好きじゃないのに性行為をした。
自分に罰を与えなければという、責め立てられるような気持ちからの行動だった。

社会人になってからは、いよいよ本当に死のうと思って、身の回りの物の整理をした。
死にたいより消えたいだったから、痕跡を残さずにいなくなりたかった。

卒業アルバムも成人式の写真も、友達との写真も手紙も、全て捨てた。
洋服もほぼ全部捨てた。靴も鞄も。
着たきりすずめだった。
貯金も母親に渡して、ほとんどお金もなかった。

バックパッカーのように、小さめのリュック一つに収まる荷物しかなくなった。
机や家具も、粗大ごみの収集をお願いして回収してもらった。

追い詰めた心当たりがある母親はさすがに慌てていた。
あんたなんか産むんじゃなかったと兄弟の中で私にだけ言っていたこと。
兄弟の中で私だけリビングに入るのが禁止されていたこと。
私のお給料はほぼ全部、私から母親に捧げるように支配されていたこと。

今、死なれたら自分のせいになるとわかった母親は、携帯に電話してきて「死ぬなよ」と言った。
「ごめん」じゃなかった。

その日は、飛び降りて死ぬつもりで出社したけど、どこで飛び降りたら邪魔にならずに死ねるかわからなくて、彷徨っていた。

海か樹海かなと思ったけど、死ぬために移動する気力もなくて家に戻ってしまって、死ねなかった。
死ぬって大変だなと思った。
死ぬ勇気が出なくて、でも、私なんかが生きているのは申し訳なくて、どう生きたらいいのかわからなかった。

死ねずに惰性で生きていたのに、気がついたら幸せになれていて、自分自身が一番驚いている。